トラウマではなくイデオロギー

 近年の著作で大家の風貌を覗かせつつあるリチャード・クーだが、その彼にしても、アイディア・トラップから自由になることは難しいものらしい。自身の提唱する「バランスシート不況」の概念に拘泥するあまり、昨今の日本企業の行動様式を、トラウマに起因する消極的な性格のものと誤診している。


「また、バランスシートの修復が完了した借り手は、借金減らしの長く痛ましい経験がトラウマとなり、長期にわたっておカネを借りなくなる傾向がある。そうした現象は大恐慌後の数十年間の米国や最近の日本において観察されている。例えば、昨今の日本企業の多くは「キャッシュ・フロー経営」を目指しているが、これは設備投資も含むすべての支出をキャッシュ・フロー内に収め、一切借金には頼らないという意味である。このような借金に対するトラウマは、今後欧米でも見られるようになると思われる。しかし民間のバランスシートが修復されても、このトラウマが残れば新たな借り手は出て来ないことになり、経済のデフレ・ギャップは残ってしまうことになる。

 そのような局面で政府当局が行うべきは、加速度償却制度のような、借金してでも投資したくなるような税制上のインセンティブを提供することである。トラウマというのは一回乗り越えればトラウマではなくなるので、この種のインセンティブは大胆であればあるほどよい。ただ、そうした減税措置が有効なのは、バランスシートが完全に回復したにもかかわらず、借金に対するトラウマという心理的な後遺症が残っている時である。バランスシートが健全化される前にそのような減税を実施してもほとんど効果は期待できないからだ。」(2019,リチャード・クー,『「追われる国」の経済学 ポスト・グローバリズムの処方箋』,東洋経済新報社)


 実際には、企業は銀行から借りなくなっただけで、膨大な量の株式を市場に提供している。これも「借金」の一種には違いあるまい。しかも、貸し手から要求される「利息」は、銀行からのものと比較すると、異様に高いのである。これがトラウマに怯える者の消極的な行動であるとは、とても思えない。

 本当に消極的な行動であるなら、支出に相当するものは、等し並みに抑制されていて然るべきであろう。しかし、例外が一つだけ存在する。「配当金」である。


「牙むく株主」と日本経済

週刊東洋経済

株主の利益追求、悪いことですか? | 大激論 アクティビスト否定論者 × 肯定論者 https://premium.toyokeizai.net/articles/-/23394 … 

「株主の利益追求、悪いことですか?」 | 経産省の先輩と後輩が激論

「中野 (中略) けれども、1997年度から2018年度までの日本企業(資本金10億円以上)の給与、配当金、設備投資等の推移を見ると、給与は4%減、設備投資は2%減。一方で経常利益は3.2倍、配当金は6.2倍だ。国民に占める割合は、給与を受け取る従業員より配当を受け取る株主のほうがはるかに少ない。これこそが格差拡大の原因。日本は短期的な株主利益を優先するようになってしまった。」


 補足しておくと、対外直接投資と現預金も、目に見えて増加している。ただし、それも、国内の本業では達成できない利益率を得るため(対外直接投資)であり、利益が少ない場合でも配当を確実に支払うため(現預金)であるとすれば、配当金の増加を支えるという目的のために行われている疑義が濃厚である。

 企業は、トラウマに怯えるどころか、この「配当金を増やさなければならない」という宗教じみたイデオロギーに、むしろ積極的に自らを投げ込んでいるのではあるまいか?

 もし、そうであれば、クーの提案する加速度償却制度のような税制上の措置は、全く効果が望めないことになる。そこで得られたメリットは、再び、配当金の増加のために活用されるだろう。