統合政府とかいうタワゴト(1)

 借金のかさんだ男が借り入れ額の多さを指摘されて、「金貸しの女は、実は、俺とは夫婦なんだ」と事実に反する妄想を吹聴しているようにしか思えない。

 政府債務の大きさ自体は問題ではないなどと言いながら、実は、その大きさにびびっているのがミエミエである。そうでなくて、何故そんな珍説に迷いなく飛び付くことができるのだろうか?

 国債という便利な道具の出現によって、借金の返済は、既に、十年先でも百年先でも、あるいは千年先でも構わないことになっている(但し、利息はその都度払わなければならない)。貸し手さえいれば、借り換えを延々と繰り返すことも可能だ。それで充分である。

 「暗闇で道を辿る者は歌を歌って不安を打ち消そうとするが、だからといって、少しでも明るく見えてくるわけではない」(S フロイト「制止、不安、症状」)

 仮にも「専門家」を名乗るならば、論ずるべきことは、灯りをともす具体的な方法でなければならない。